本のクソ虫野郎

  ~気に入った本・映画の記録と雑記~
Posted by ↑野

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映像の力

今さらですが、本だけではなくて、フィクション・ノンフィクションを限らずに、映像作品をある程度観ることも教養や見識の拡大に大きく貢献することなのだなと痛感している次第です。

本と違い、視覚的効果と音響的効果がある分、やはり影響や臨場感も大きく、記憶や情動的な効果も期待できるためです。

特にやはりあの「臨場感」が記憶や後の判断への影響に重要な要素なのではないでしょうか?同じ内容を、文字で読んで感心するのと、映像を眼で見て音を耳でも聞きながら受け取るほうが、こちらの情動もより働き、記憶に残りやすいだけでなく、その情動も相まって、よりその知識を実際に生かせるようになりそうです。

例えば、戦争や差別などの悲惨な出来事を、本で読んでももちろんその恐ろしさや虚しさ、愚かさがわかりますが、戦争の映像やインタビュー、俳優さんや女優さんの迫真の演技でもって観る方がその影響力は凄まじいはずです。

実際に、一つのドキュメンタリー映像や映画に影響されて「○○の仕事に就きました」とか「海外の○○で暮らすようになりました」とかの、その人の人生を変えたなんて話は多く聞きますね。

そしてもちろんその分、本を読むのと同じく、映像作品のほうも、観たままに信じすぎないこと、批判的態度を絶やさずに閲覧すること、多面的に解釈する余地を空けておくことは必須ですが。

特にここ数年は個人的に読書ばかりに偏り、映画や映像をあまり観ていなかったので、サイエンス、社会、フィクション、といろんなジャンルの作品を観て、身にしたいと考えています。

あと、個人的に今「想像力を鍛える」ことにも関心があるのですが、想像力は筋肉のように鍛えることと、その想像の元となるいわば原材料が必要なのですが、この原材料が、その人が今までに見たものや聞いたもの体験したものだということなので、その材料集めとしても良いようなのです。


そんなわけで、フィクション・ノンフィクションどちらもたくさんの素晴らしい映像作品を来年からも観ていきたいなと思います。

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2014年の目標


お久しぶりです、2014年になりましたね。
僕の方は相変わらず、本を読むペースも思うようにいかず、切ない思いをした2013年でありましたが、今年は、いや、30歳になるまでのあと数年間はそういうわけにはいきません!
カウントダウンが、30歳へのカウントダウンが始まってるんや!

ということで、ブクログの方でも、2014年の目標読書冊数を強気に「200冊」としてしまいましたよ。
正直言って、この目標はかなり無理な匂いしかしないわけですが。

あと、今年は映画の方もある程度観たいなと思いました。
去年の11月ぐらいに初めて名画座に行きまして、人が選んだ新作ではない映画に偶有的に触れるのは、例えその映画が自分にとってハズレであっても、楽しいものです。

あとは、そろそろ、自分が何度も読み返す価値があると評価した本の再読もしっかりと行わないとな、とも考えております。
別記事であれだけ「再読の重要性」みたいなことを偉そうに語ったわけですし、自分がしっかり実行できないでどうするんだと。

しかしね、どうしてもね、読んだことのない本や、再読する価値のある本探しの方に意識が向いてしまいますね、てへっ!

それに、今年は上半期中に、基礎的な学力の底上げをさっさとやり終えてしまいたい。
基礎学力の、読書を初めとした様々な資格試験や仕事への応用力の高さを教えていただけましたので、どこまでも謙虚になって、1から積み上げねばなりません。
具体的には数学・現代国語・世界史・政治経済・倫理・現代社会ですね。
この歳になると、中高生の頃に使ってた教科書や参考書を読むということだけでも懐かしくて、それだけでちょっとテンションが上がってしまいます。
多くの人が口を揃えて言うことですが、学校の授業を離れてみて、ようやく学問の面白さに気づくものですね。


こういう一年の目標の建て方はダメなのかもしれませんが、僕はもうすでに2015年の方を見据えてます!
今年一年は素晴らしい2015年を迎え入れ、2015年を素晴らしい日々で彩るための、いわば準備期間として頑張っていくで!

え、なんで2014年ではなく、もうすでに2015年かって?


「2015年」の方がなんか数字の語呂がいいから!!

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2012年に読んだ本

だいぶ遅れましたが、2012年に読んだ本の紹介です。ブクログの方でも見れるんですが、せっかく読書ブログをやってるので、こちらでも書いておこうかなと。長いので追記に載せます。

2012年に読んだ本はちょうど100冊。もっと読んだ方がよかったとは思うけど、いろいろいい本が読めたと思うので良しとしたい。

今年は相変わらず、古典的な書物に軸を置きながら、興味関心の持てる本を貪欲に読みたい。古典といっても、今までは西洋古典が多かったので、中国・日本・インド・中東の東洋古典などにも積極的に触れていきたい。

あと、より深く的確に読むために、論理的読解力と感受性の両方を駆使した本当の精読をしていこうと思います。感覚を研ぎ澄ませて全力で本に当たる、何を何冊読むかも大切ですが、自分自身の大本である「どう読むか」が殊に重要であるはず。

特に良かった本については☆マークを付けておきます。
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歴史は繰り返すの本質

ふと思ったのですが、よく「歴史は繰り返す」という言葉が言われた時に、「人間は愚かで学ばない生き物だから失敗を繰り返す」的な意味で使われたりもしますが、これは考えてみれば、同じ過ちを繰り返しているわけではないのではないか、と思いました。

例えば人は戦争を繰り返しますが、それは、かつての戦争から何も教訓を学ばなかったから戦争を何度もするわけではなく、また、実際に経験した世代がいずれ死に絶えて、後続の世代に伝えられなかったり、教訓が風化してしまったからではなく、そもそもほとんどの出来事は、表面的には似たようなものであっても、それ自体に固有の条件や状況があり、それらから真摯に学び反省したところで、大して類似の事柄に役に立たないケースが多いのではないかということです。

つまり、「戦争」と一口に言っても、ある戦争は一部の利害関係者の策謀によって起こされたでしょうし、またある戦争は、民族が生き残るには不可避的であった場合もあるかもしれません、単なる暇つぶしに行われたゲームとしての戦争もあったかもしれません。それらを一括りにして「なぜ戦争を繰り返すのか?」と言われてもそれは「それぞれ違う状況・理由・過程があって、以前の教訓が生かせないから」となるのではないかと。

もちろん戦争に限らず、同じ失敗を繰り返しているように見える事も、実は「同じように見えて同じでない事を失敗し続けている」のかもしれません。

そう考えると、世間的によく言われる「反省」ということの重要性は、世に言われている程は実は重要ではないかもしれません。いや、重要であるとしても、反省する前に、「以前失敗した時との相違点」がないかどうかもちゃんと吟味して、反省が反省として本当に生かせるのかどうかの綿密な分析が必要かもしれません。

そう考えると、「人は歴史を繰り返す」は当たり前のことでもあり、実は厳密には繰り返していないとも言えるのかもしれません。

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エッセンス

これまでいろんなジャンルの、いろんな作者の本を読んで来て、その多くの著者たちに共通する内容が幾つかあるなと気づいたので、記しておきたいと思います。どれも著者たちが真に重要だと考える事柄ばかりです。

中庸の徳

単純であることのすすめ

他人の意見や社会の在りように惑わされないこと

経済的・物質的なものばかりに執着しないこと

子供の頃の純真な気持ちや好奇心を忘れないようにすること

生きたいように生き、他人の生き方に口を出さないこと

自然を愛すること

己の小ささを知り、謙虚でいること

過去を振り返らず 未来を思わず 今を生きること


生と死は同価値であること

人生や命に意味や価値はないけど、それでも生きるべきであること



これらが、アリストテレスなどの遥か昔の賢人から、現代まで、洋の東西を問わず、多くの賢人や知識人・作家と呼ばれる人々に何度も何度も、様々な著作内で言われてきたこと。論語や菜根譚などの古代中国の古典にも頻繁に出てくる教えです。たしかルソー、ヒルティなどの近代の人たちも多くが肯定していたはず。あと、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教、神道と、世界中に様々ある由緒正しい宗教の経典なんかにも、よくこれらの考えが記されていたりする。

諺なんかにも、これらのことが当たり前のように入っていたりしますよね。
現代の日本だと、中庸の徳というよりは、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」のあの有名な故事の方が親しみがあるかもしれませんね。

そして僕自身も、普段の生活の中やあらゆるニュースなどで、いかにこれらの箴言が当て嵌まるかを嫌というほど見てきました。

最後のは禅の思想などによく出てくる考え方。
一見虚無主義や冷笑主義っぽく見えてしまいそうですが、決してそのような意味ではなく、人生や命に何らかの意味や価値は無いし、あると感じるのは単なる錯覚にすぎないが、だからといって自暴自棄になる必要はなく、与えられた生を、命を、ただただ「生きる」ただそれだけを行うべきであると。
そうすることで、多くの虚偽や幻想に惑わされるのではなく、一人の人間として生き物として、喜んだり悲しんだり、奮闘したり無気力になったり、ポジティブなこともネガティブなことも含めて、考え経験するだけ、それらが真に生きることであるのだとする考え方。

はっきり言うと、本当に長い目で見れば、生きている内に達成したこと、創り上げたもの、自分たちの子孫、それらはみんな無くなりますし、無価値です。しかし、人間とは結局、他の生物と同様にただ生きるために生まれて来たわけで、それがいいとか悪いとかそういうわけではなく、それらを知り、納得してただ生きるしかない。
「なんで晴れている時の空の色は青いんだ?」と言われても「そういうものだから」と言う他はない。


というように、いろいろと共通点を見つけたのでまとめてみました。
これからも、本に限らず、多くの人々に共通して見られる言葉や考えを引き出していければなと思います。

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