本のクソ虫野郎

  ~気に入った本・映画の記録と雑記~
Posted by ↑野

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再読書探求としての読書

「再読」はとても大切な行為だと思っています。

再読することで内容をよりしっかりと把握し、覚えるという単純なことだけでなく、再読時に初めて気づかされること、自分の経験によって改めて身に染みて分かるようになった箇所などが思いの外多いためです。
新しい人間関係を結ぶことは良いことですし、全ての人間関係は初対面から始まるものの、だからといって毎日違った人だけと出会い交流するのではなく、本当に信頼できるその一部の言わば親友的な人間と何度も何度も深い交流をすることの方がずっと自分の身にもなるでしょうし、おそらくは幸福であると思います。

数百数千の浅い関係より、唯一の深い関係というわけです。

読んだことのない本を次々と読んでいくのはもちろん大切ですし、新鮮で好奇心も刺激されやすいこととは思いますが、それと同時にそれは「自分にとって再読する価値のある本」を探す行為でもあると考えます。

すぐに内容をできるだけ覚える必要があるのなら、一度読んでから1週間以内にもう一度読むのがベストだし(復習間隔が短い程記憶の定着には良いはず)、感動を再び感じたいだとか、実生活の何かがきっかけでその本から励ましやアドバイスが欲しいと思うのなら、各適宜な時期に再読するというスタンスが僕は有効だと感じています。

例えば、普通の人は世間の喧騒や様々なしがらみに疲れたからといって数カ月も山や森の中の小屋に引きこもることはできませんが、その度にヘンリー・D・ソローの森の生活を読むことはできます。
他者や歪んだイデオロギーに左右され、何が正しいのか、何を信じるべきなのか、そういったことがあやふやになる度に、かつて自分が最も影響を受け、指針としてきた哲学に改めて立ち帰ることもできます。

そのようなわけで、読書経験を積むということは、単に新しい本を次々と読むだけでなく、それによって再読すべき本を見つけ出し、必要に応じて適宜何度も読み親しむという行為をも含めるのだといえます。

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