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本のクソ虫野郎

  ~気に入った本・映画の記録と雑記~
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アンネの日記


アンネの日記 (文春文庫)アンネの日記 (文春文庫)
(2003/04)
アンネ フランク

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言わずと知れた、ナチスドイツによって強制収容所送りにされ、短い生涯を閉じることになったユダヤ人少女の日記。



私には、混乱と、惨禍と、死という土台の上に、希望を築くことはできません。この世界が徐々に荒廃した原野と化してゆくのを、私は目の当たりに見ています。常に私たちをも滅ぼし去るだろういかずちの接近を耳にしています。幾百万の人びとの苦しみをも感じることができます。でも、それでいてなお、顔を上げて天を仰ぎ見るとき、私は思うのです―いつかは全てが正常に復し、今のこういう非道な出来事にも終止符が打たれて、平和な、静かな世界が戻って来るだろうと。それまでは、なんとか理想を持ち続けなくてはなりません。ー 567ページ



「澄みきった良心は人を強くする」ー 554ページ



誰もが毎晩眠りに就く前に、その日一日の出来事を思い返し、何が良くて何が悪かったかきちんと反省してみるならば、人はどれだけ崇高に、立派に生きられることでしょう。そうすれば、知らず知らずのうちに、あくる朝からさっそく自分を向上させようと努めるようになるはずです。その努力を通じて、やがて多くのものが得られるだろうこと、それは言うまでもありません。ー 554ページ



信仰を持つ人は喜ぶべきです。みんながみんな、崇高なものを信じられる適性を授かってるわけじゃないんですから。問題は神を恐れることではなく、自らの名誉と良心とを保つことなんです。ー 554ページ



たまにはこうして、人を寄せ付けない高い台座から引きずり降ろされるのはいいことです。自惚れがいくらか揺らぐのはいい薬です。そうです、アンネ、あなたにはまだまだ学ばねばならないことがたくさんあります。まずは他者に学ぶことから始めて、人を見下げたり、他人ばかり非難したりするのはやめることです。ー 486ページ



わたしは、どんな不幸の中にも、常に美しいものが残っているということを発見しました。それを探す気になりさえすれば、それだけ多くの美しいもの、多くの幸福が見つかり、ひとは心の調和を取り戻すでしょう。そして幸福な人は誰でも、他の人まで幸福にしてくれます。それだけの勇気と信念とを持つ人は、決して不幸に押しつぶされたりはしないのです。ー 358ページ



わたしもやはり自由にあこがれ、新鮮な空気を渇望していますが、今では、そういう不自由にたいして、わたしたちは充分な代償を得ていると考えるようになりました。代償といっても、内面的な代償のことです。今朝、窓の前に座っているとき、わたしは外を眺めて、そこに自然の奥深さと、神様の存在とを感じました。そのときわたしは幸福でした。そして、ここでその幸福を手にしているかぎり、そのようなものをずっと手放さずにいるかぎり、ひとはいつでもしあわせをつかむことができます。ー 354ページ



どんな富も失われることがありえます。けれども、心の幸福は、いっとき覆い隠されることはあっても、いつかはきっと蘇ってくるはずです。生きているかぎりは、きっと。ー 334ページ



恐れているひと、寂しいひと、不幸なひと、こういう人たちにとっての最高の良薬は、どこかひとりきりになれる場所-大空と、自然と、神様とだけいられる場所へと出ることです。そのときはじめてそのひとは、万物があるべき姿のままにあり、神様は人間が自然の簡素な美しさのなかで、幸福でいることを願っておいでなのだと感じるでしょうから。こういう自然が存在する限り、それがあるかぎり、たとえどんな環境にあっても、あらゆる悲しみにたいする慰めをそこに見出すことができる、そうわたしは思います。
ー 332ページ




もう今では、自分の生死がどうなろうと、いっこう気にならない境地に達しました。わたしがこの世から姿を消しても、地球はそのまま回転を続けるでしょうし、何があろうと、起こるべきことは起こるでしょう。どっちにしろ、抵抗したところでどうにもならないのです。ですからわたしは運を天に任せて、ひたすら勉強に励みます-いつかはすべてがめでたい終わりを迎えることを願いながら。ー 314ページ



たとえたくさんのひとに愛されていても、人間は寂しくないとはかぎりません。愛されてはいても、それだけではだれにとっても、”唯一無二の存在”にはなりえないからです。ー 268ページ



いずれまた外で暮らせるようになったとき、わたしたちひとりひとりが真っ先になにをしたいか、それをご紹介しましょう。(中略) わたしは-そう、そうなったらあんまりうれしくて、なにから始めたらいいかわからないでしょう。でもやっぱり、いちばんの希望は、わたしたち自身の家を持つこと。自由に行動できること。そして最後に、もう一度わたしの勉強を手助けしてくれるだれかがほしい-言いかえれば、また学校へ行きたい!ー 201ページ



かつての親友たちが今は、この世界に出現したもっとも残忍なけだものたちの手に渡ってしまった、そう思うと、ぞっとします。それもただユダヤ人というだけで。ー 129ページ




最終的に彼女の行き着く結末が分かっているため、これらの言葉一つ一つが辛く、そして輝かしい。将来の夢を語る箇所や解放され生き残る希望、自然や人々に対して抱く信頼を見る度に心苦しくなるにもほどがあります。

内容だけを見ると、他の著作などで他の人々が言っていることも多いのですが、当時14、5歳の女の子が、ナチスドイツの手から逃れるための隠れ家生活の最中にあって、これらのことを考えて書いたというのが個人的にすごいことであると思います。僕が15歳の頃とか、「自転車通学がダルい」とかそんなしょうもないことばっかり考えてましたから。それに比べてなんと多くを、そして様々なことを考え、希望に胸を膨らませていたことかと。


実際、自分でも不思議なのは、私が未だに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です。だってどれもあまりにも現実離れしていて、とうてい実現しそうもない理想ですから。にもかかわらず、私はそれを持ち続けています。なぜなら、今でも信じているからです―たとえ嫌なことばかりでも、人間の本性はやっぱり、善なのだということを。 ー 567ページ




この言葉を日記に書いたわずか数日後にナチスの手によって連行されることになるのだから、ものすごく胸が締めつけられる思いがします。夢を語り、人を信じたすぐ後に、連行されて強制収容所の中でチフスにかかって亡くなったということです。一体彼女が何をしたというのか。

エルネスト・チェ・ゲバラの日記なんかもそうですけど、死と対峙している人間や、自分の信じる者のために最前線で戦う人間、悲惨な運命に翻弄されながらも様々なことを考えた人間のそれらの思考を、もっとたくさん読みたいと感じました。それというのも、やはりそういった厳しい状況の中にいる人々の方が、平和の内に暮らしている人間よりも、良くも悪くも、彼ら彼女らにしか書けないことを書くことになると思うからです。


実際に命をかけて戦う中で、若しくは、悲惨な運命の渦中でも強く生きようとする中でしか、人が経験できないこと、考えられないこと、悟れないことがあり、たとえ平和に生きている我々が100%は理解できないでも、それらに触れて、考えて、多くを得ようと努力することが重要であると考えるのです。

いろんな理屈やシステムがあるとは思うけど、やっぱり、人間性に対する裏切りともいえるような悲惨なことは、起こることはあっても、起こすべきじゃないですよ。

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