本のクソ虫野郎

  ~気に入った本・映画の記録と雑記~
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存在の耐えられない軽さ


存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)
(1998/11/20)
ミラン・クンデラ

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存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)
(2008/02/09)
ミラン・クンデラ

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「ダロウェイ夫人」や「ベロニカは死ぬことにした」に似ている読後感を抱きました。

この作品の社会的な面を注視する方も多いと思いますが、僕は個人的に二人の関係のあり方や逃避行的な物語の部分に見せられましたね。特に最後のほうの二人の結果と交わした言葉がとても好きです。

冒頭から言われているように、我々の多くは実は、存在の重さではなく、その哀しいほどの軽さによって、苦しめられているのだと思います。

追記は、例によって作品からの個人的に気になった箇所の引用です。
 
 
引用


”その悲しみは、われわれが最後の駅にいることを意味した。その幸福はわれわれが一緒にいることを意味した。悲しみは形態であり、幸福は内容であった。幸福が悲しみの空間をも満たした。” ー 394ページ


”「トマーシュ、あなたの人生で出会った不運はみんな私のせいなの。私のせいで、あなたはこんなところまで来てしまったの。こんな低いところに、これ以上いけない低いところに。あなたは何もかも失ったわ」 「テレザ、僕がここで幸福なことに気がつかないのかい?」 「あなたの使命は手術をすることよ」 「テレザ、使命なんてばかげているよ。僕には何の使命もない。誰も使命なんてものは持ってないよ。お前が使命を持っていなくて、自由だと知って、とても気分が軽くなったよ」” ー 394ページ


「人間は理由を知らずに何かを決意すると、その決意は永続性を得るのさ。一年一年それを変えるのが難しくなるんだ」 ー 388ページ


人間の時間は輪となってめぐることはなく、直線に沿って前へと走るのである。これが人間が幸福になれない理由である。幸福は繰り返しへの憧れなのだからである。 ー 374ページ


愛を測り、調べ、明らかにし、救うために発する問いはすべて、愛を急に終わらせるかもしれない。もしかしたら、われわれは愛されたい、すなわち、なんらの要求なしに相手に接し、ただその人がいてほしいと望むかわりに、その相手から何かを(愛を)望むがゆえに、愛することができないのであろう。 ー 373ページ


彼女のいったことは悲しいことであった。だが、二人は意識しなかったが、幸福であった。悲しみにもかかわらずではなく、悲しさゆえに幸福であった。 ー 367ページ


人間の真の善良さは、いかなる力をも提示することのない人にのみ純粋にそして自由にあらわれうるのである。 ー 362ページ


「私」というものの唯一性は、人間にある思いがけなさの中にこそかくされているものである。すべての人に同じで、共通のものだけをわれわれは想像できる。個人的な「私」とは一般的なものと違うもの、すなわち、前もって推測したり計算したりできないもの、ベールを取り除き、むき出しにし、獲得することのできるものなのである。 ー 250ページ


犯罪的体制を作ったのは犯罪者ではなく、天国に通ずる唯一の道を見出したと確信する熱狂的な人々である。その人たちは勇敢にその道を守り、それがために多くの人々を処刑した。 ー 219ページ


本当に重要な問いというものは、子供でも定式化できる問いだけである。最も素朴な問いだけが本当に重要なのである。 ー 174ページ


人間がそこを目指して進む目的地はいつも隠されているものである。結婚にあこがれる若い女の子は当人が何も知らない何かに憧れ、名声を求める若い男の子は、名声とは何かを知らない。われわれの行為に意味を与えるものは常にわれわれにとってまったく未知な何物かなのである。 ー 156ページ


人生のドラマというものはいつも重さというメタファーで表現できる。われわれはある人間が重荷を負わされたという。その人間はその重荷に耐えられるか、それとも耐えられずに下敷きになるか、それと争い、敗けるか勝つかする。しかし一体サビナに何が起こったのであろうか?何も。一人の男と別れたかったから捨てた。それでつけまわされた?復讐された? いや。彼女のドラマは重さのドラマではなく、軽さのであった。サビナに落ちてきたのは重荷ではなく、存在の耐えられない軽さであった。 ー 156ページ


裏切りとは何なのであろうか?裏切りとは隊列を離れることである。裏切りとは隊列を離れて、未知へと進むことである。サビナは未知へと進むこと意外により美しいことを知らなかったのである。 ー 116ページ


誠実さがわれわれの人生に統一性を与え、それがなければ人生は何千もの瞬間的印象に分かれてしまうであろう。 ー 115ページ


人間は救いようのない絶望のときでさえも、自分の人生が美の諸法則によって構成されるということを知らずにいるのである。すなわち小説が偶然の秘密に満ちた邂逅によって魅惑的になっているとして非難すべきではなく、人間がありきたりの人生においてこのような偶然に目が開かれていず、そのためにその人生から美の広がりが失われていくことをまさしく非難しなければならないのである。 ー 68ページ


ただ偶然だけがメッセージとしてあらわれてくることができるのである。必然的に起こることや、期待されていること、毎日繰り返されることは何も語らない。ただ偶然だけがわれわれに話しかける。必然性ではなしに、偶然性に不思議な力が満ち満ちているのである。恋が忘れがたいものであるなら、その最初の瞬間から偶然というものが、アッシジのフランチェスコの肩に鳥が飛んでくるように、次々と舞い下りてこなければならないのである。 ー 65ページ


”人間というものは、ただ一度の人生を送るもので、それ以前のいくつもの人生と比べることもできなければ、それ以後の人生を訂正するわけにもいかないから、何を望んだらいいのかけっして知り得ないのである。比べるべきものがないのであるから、どちらの判断がよいのかを証明するいかなる可能性も存在しない。人間というものはあらゆることをいきなり、しかも準備なしに生きるのである。”




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